FFTアナライザ入門

第4章 トラッキング解析

トラッキング解析とは

トラッキング(tracking)とは追いかけること・追跡の意味で、トラッキング解析(tracking analysis)とは回転数の変化に追従して解析することです。

回転体の振動・騒音問題

回転体は、通常その回転速度に比例した振動や騒音を発生します。バランスが狂っている場合には、回転速度に一致した成分の振動・騒音が発生します。また、ベアリングやギアの状態によっては、回転速度の整数倍等の振動・騒音が発生することがあります。

さらに、回転体の振動・騒音は、回転速度によって大きくなったり小さくなったりすることがあります。
車を例にして考えてみます。走行中に特定の速度近辺でハンドル等の振動が大きくなるという現象を体験したことはありませんか。さらに、その振動はギアの状態によっても変化したりします。

機械を設計する側は、当然振動・騒音レベルを低減したいと考えます。それを実現するためにも、特性を計測・解析して状況を分析するトラッキング解析が利用されます。

理解すべき基礎概念

トラッキング解析では、「タコパルス」および「次数」という概念が広範に用いられます。それらを説明するために、次の例を考えてみます。

タコパルス

実験対象の回転体があり、その「振動・騒音レベル」対「回転数特性」を取りたいときには、その回転体の回転速度も同時に計測する必要があります。回転速度を判定するために使われる信号が、“タコパルス”と呼ばれます。

回転速度の判定

タコパルス検出装置からは、回転体の回転速度に応じたパルスが発生するようになっており、そのパルスの間隔から回転速度を求めることができます。検出方法によって、1回転にパルスがいくつ出てくるかが変わりますので、パルス/回転を解析パラメータとして設定します

回転速度の判定方法

タコパルスの1周期を計測します。例えば、1回転1パルスであれば、周期の逆数を取り、60倍することで回転数を求めることができます。

カーソルの読み値から、タコパルスの1周期は約0.022461secなので、回転数は 2671rpm(≒1 ÷ 0.022461 × 60)となります。

回転体の回転速度が検出できたら、その情報をもとにスペクトルから所望の特性を求めることができます。これを表現したのが次の図です。

X軸を回転速度で正規化した場合の単位を“次数”と呼びます。回転速度に当たる周波数が1次になります。

トラッキング解析における“2D関数”は、特定の次数または周波数(中心次数または周波数と呼ぶ)の成分をスペクトルの系列から順に抽出して求められたものです。下の図を回転数軸から見たグラフをイメージしてください 。

次数・周波数成分の抽出方法

指定された単一の成分のみを採用する方法、次数・周波数の上下に幅を持たせてその合計値を採用する方法があります。また、位相を持った関数など、幾つかの関数タイプが存在します。

トラッキング解析における“3D関数”は、「周波数・回転数と次数の関係」を表したものになります。各回転数におけるスペクトルを測定し、それらをまとめて3Dデータとしています。今までの説明から、2D関数は3D関数から抽出可能であることが分かります。

内部サンプリングと外部サンプリング

今までの説明はすべて内部サンプリング、つまりアナライザ内部の水晶の発信周波数に同期したサンプリングで行うことを前提としていました。しかし、トラッキング解析を行う際には、タコパルスに同期したサンプリングクロックでサンプリングを行う外部サンプリング(タコサンプリングとも呼ぶ)を使うこともあります。

内部サンプリングで最大解析周波数を定義するように、外部サンプリングでは最大解析次数を定義します。最大解析次数に当たる周波数は回転数により変化します。よって、内部サンプリングが固定サンプリングであることに対して、外部サンプリングは変動サンプリングになります。

次数成分の抽出をスペクトルライン数で行う場合、内部サンプリングでは回転数に関係なく、同じ次数は常に同じ周波数幅となります。一方、外部サンプリングでは回転数に比例して周波数分解能が変わります。回転数が上がる度に周波数分解能が粗くなる訳です。こうしたことから、内部サンプリングを定幅トラッキング、外部サンプリングを定比トラッキングと呼ぶこともあります。

解析周波数レンジとフレームサイズの決定方法

内部サンプリングで、解析したい最大次数成分36次・最小次数成分1次の場合には、下記のように解析周波数レンジやフレームサイズを決定します。

解析周波数レンジ

最大回転数の最大解析次数成分を求め、これを超えるレンジにします。
6000rpm ÷ 60 × 36次 = 3600Hz により、解析周波数レンジ:4000Hz

フレームサイズ

最小回転数の最小解析次数成分を求め、周波数分解能が最小回転数の最小解析次数成分の数分の一になるようなフレームサイズにします。
1000rpm ÷ 60 × 1次 = 16.67Hz により、フレームサイズ:4096

フレームサイズ4096の場合、スペクトルライン数は1600ラインより、周波数分解能は2.5Hzとなります。
16.67Hzの成分を解析する場合、2.5Hz分解能あれば十分と言えます。

内部サンプリングのメリット・デメリット

メリット

固定サンプリングより、低回転/高回転に関係なく、常に1フレームの処理時間が一定となります。トラッキング処理能力は回転数に依存せず常に一定です。

デメリット

回転数範囲、解析次数範囲を広く取れません。最小/最大解析周波数成分を意識して、解析周波数レンジ、フレームサイズを決める必要があります。

解析次数レンジとフレームサイズの決定方法

外部サンプリングで、解析したい最大次数成分36次・最小次数成分1次の場合には、下記のように解析次数レンジやフレームサイズを決定します。

解析次数レンジ

解析したい最大解析次数を越えるレンジにします。
これにより、解析次数レンジ:50次

フレームサイズ

次数分解能を最小解析次数成分の数分の一になるようなフレームサイズにします。これにより、フレームサイズ:1024

フレームサイズ1024の場合、スペクトルライン数は400ラインより、次数分解能は0.125次となります。
1次を解析する場合、次数分解能が0.125次あれば十分と言えます。

外部サンプリングのメリット・デメリット

メリット

変動サンプリングより、回転数範囲、解析次数範囲を広く取れます。解析次数レンジ、フレームサイズを簡単に決定できます。

デメリット

低回転でのサンプリング周波数が低くなるので、1フレームの処理時間が長くなります。つまり、トラッキング処理能力は回転数が低いほど落ちます。