開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第18回
分析天びん使用時の注意事項について(操作方法編)

シリーズ 『開発者の思い』 第18回
2012年04月03日

分析天びん使用時の注意事項について(操作方法編)

分析天びんは感度が高く設置環境と計量作業者の取り扱いによる影響を大きく受けます。設置環境の評価方法については、計量環境評価ツール:AND-MEETの実施※1により、判断&評価から、環境改善への具体的な道筋を提案することが可能となっています。また、前回、開発者の思い第17回にて、計量器を設置する場所の選定方法について説明しました。そこで、今回の『開発者の思い』では、特に分析天びんの操作方法について説明します。

※1
AND-MEETについて 第28回センシングフォーラム『分析天びんの基本性能に関する考察

天びんの操作は、『素早く正確に』が基本となります。この言葉は、例えば風防ドアの開閉をゆっくり時間をかけて行なう事が、計量作業としては良くないことを意味します。それは、風防の開放時間を増やし、その結果風防内の空気が入れ替わり、秤量室の温度が変化することを意味しています。分析天びんの中でも、1円玉(1g)の100万分の1 となる1マイクログラムを計量できるマイクロ天びんを例に説明します。

例えば、生命科学の研究分野では、多くの研究室でマイクロピペットが使用されています。ピペットの場合も、その操作方法が正確で、かつ熟練していないと、ランダムエラーが、ピペットそのものに問題があるとシステムエラーの大きく出る事が知られています。マイクロピペットの最小容量は1から2μL前後となります。1μLとは普段の生活からは非常に小さな量であると感じられます。しかし、例えば水の容量1μLは、重さ(質量)に換算すると1mgとなり、感度1mgとは天びん業界では通常使われる汎用天びんの最小表示と同じになります。一方、マイクロ天びんでは、この1μLを1000分の1まで分割した1単位:1digit =1μgを計量する性能が規定されています。つまり、1μgの確定はマイクロピペット以上に困難で、計量操作には習熟と正確さが要求される事が明らかと言えます。

電子天びんでは、最小表示が10mg、1mgとなる汎用天びんから、0.1/0.01/0.001mgとなる分析天びんに至るまで、デジタル表示で計量値が出ます。そこで、計量サンプルを皿に載せさえすれば、即時に正確な質量が表示されると思われています。しかし、マイクロピペットの最小容量の数桁下までを確定するのですから、表示された質量が本当に正しいのかについては疑問を持ち、また、表示が不安定となるのは、操作方法によっては当然あり得ると考えるべきです。

それでは、実際に起きた計量現場での実例などを元に計量誤差の発生原因について説明します。

  1. 静電気の影響

    自動機の生産ラインやプラスチックの射出成型現場で使われる天びんでは、表示が不安定になったり、一方向に計量値が時間とともにずれて行く場合があります。計量器業界でドリフトと呼んでいる現象です。現在では、製薬、1次・2次電池、ICチップやLEDなど電子部品、樹脂成型などの生産過程において、品質管理手法として計量器が多数使われています。しかし、このような生産ラインでは、通常クリーンルーム相当の環境下で24時間空調がなされ、かつ湿度を嫌う為20%以下の低湿度環境となっている場合が多々確認されています。つまり空気が乾燥しており、物の搬送による絶縁物の摩擦があり静電気が発生しやすくなっています。また同様に生産や研究に関わる人間自身も1万ボルト程度に帯電している事があります。このような環境下では、静電気の影響が大きくなり、数十mgの計量誤差が容易に発生します。※2

    天びんを設置する環境の湿度を40%以上に上げられない場合や、放電より早く帯電が起きる時は、除電器を導入し積極的に計量サンプルを除電した後で計量作業を行ってください。

    ※2
    静電気の影響 A&Dホームページ
  2. 温度の影響

    例えば樹脂成型直後の成型品の品質を天びんで測定する。手で持ったバイアル瓶に薬剤を計り取りそれから計量する。また、他の場所にあった試料を持ち込み、その直後に計量するなどの場合は、計量サンプルの温度と天びんの周囲温度に差が出ます。この温度差が計量誤差となります。その理由ですが、サンプルの温度が室温より高い場合はサンプル周辺に暖められた空気層が出来て、わずかな上昇気流が発生します。その気流が計量サンプルを浮かせる方向に働き、計量値が当初は軽く表示されます。その後試料が室温と同じ温度になると本来の質量値が表示されます。

    度差と試料の形状・材質にもよりますが、数十mgのオーダーで計量誤差が発生することがあります。

    容器を手で握った直後のサーモグラフ表示
    Fig.1 容器を手で握った直後のサーモグラフ表示

    Fig.1は分析天びんに、コーヒー缶を載せた時のサーモグラフでの観察結果となります。缶は皿に載せる前に数十秒間手で持ったものです。特に金属は熱を伝え易く、短時間でも周囲温度との差が数℃発生し、この温度差による対流が計量値に影響を与える事が分かっています。※3

    ※3
    計量サンプルの温度の影響 A&Dホームページ『分析天びんを利用した微少量計量時の注意点について

    10数年前の私の経験ですが、許容公差がOIMLE2級、構造はF1級の分銅の量産立ち上げを行いました。この時、質量調整した後の200gの分銅値が、翌日には0.1mgレベルで増えている事を経験しました。分銅は手袋を介して触りましたが、重さ調整やネジ締めを行った結果、わずかに体温で分銅が暖められた事がその原因でした。分銅を手で直接触ると良くないと言われている事を、体験し実感できた事は良い経験になりました。天びんの使用現場でも、手袋を介して分銅を持って校正する場面を見ますが、少なくても分析天びんについては、校正時や性能確認時にはピンセットなどを利用して操作されることをお勧めします。

  3. ひょう量作業時の影響

    分析天びんには標準で風防が付いています。それは風を避けてひょう量室内の環境を安定させる為です。しかし、風防のドアを乱雑に操作すると、そのストロークエンドで衝撃が発生して天びんの計量センサ部に伝わります。その結果はゼロ表示のバラツキとなり、繰り返し性の悪化を招きます。また、あまりゆっくり操作すると、ドアの開閉時間が長くなり、ひょう量室の空気が入れ替わります。その事で温度が不安定となり、繰り返し性の悪化原因となります。

    人の手は室温より高い温度となり、ひょう量室内に手を入れることは熱的な外乱となります。そこで、必要以上にドアを開放せず、短時間で正確にドアの操作を行い、かつ、ひょう量室には出来るだけ手を入れない様、長いピンセットを使用する必要があります。

    余談となりますが、天びん校正時に使用する、柄の長いピンセットの市販品をずいぶん探しました。しかし、妥当なものが見つかりませんでした。そこで、理想的なピンセットを独自に設計して、新潟の燕三条近くのメーカーに製作を依頼しました。このピンセット:AD1689の生産には、スプーンやフォークなど日本の食器生産量を世界一とした、地域独自の生産技術が生かされています。日本の各地にある独自の『ものつくり』の技術は、江戸時代から続く職人の技が生かされており、明治以降、現在までの経済成長を支えてきたと思われます。このような技術を今後も支え続ける事が、今後の日本経済の維持には必要不可欠であると考えています。

    話しが大きく脱線しましたが、計量操作方法を簡単にまとめると以下のようになります。

    • 天びんを利用した計量操作時には、特に計量サンプルの静電気と温度に注意する必要があります。
    • 特に乾燥して湿度が40%以下となる環境では、静電気によるトラブルを排除するために、積極的に除電器を導入すべきです。
    • 計量サンプルについても、直接手で触らないなどの温度管理に注意が必要となり、ひょう量室に事前に計量サンプルを入れて置き、温度がなじんでから計量することが重要です。
    • 計量作業は素早く正確に行い、ひょう量室のドアは必要最低限開けて、手はひょう量室には入れないよう注意してください。

    以上の注意点だけ読むと、分析天びんを利用した計量作業は大変で、気が重くなるかもしれません。でも安心してください。最近では除電器を内蔵した分析天びんが複数市販されています。また、ひょう量予備室を配置し、計量サンプルの温度を計量前に馴染ませるスペースが確保されたものもあります。また、先ほど書いたように、計量操作用の長いピンセットも用意されています。

    計量作業以外の注意点としては、計量前の天びんを前日から通電状態として機器の安定を図る必要があります。セミマイクロ以下の分析天びんの場合、通電後に機器が室温に完全に馴染むまでには6~8時間程度の時間が必要となります。また、計量作業を行なう部屋には、振動や圧力変動、温度や湿度変化を極力起こさせないようにすべきです。その為には、計量時の部屋への人の出入りは最小限に制限してください。

    最後に計量器の扱いですが、電子天びんは通電時間が長いほど、電子部品の特性が安定し、また、ひょう量室を含めた機器内の温度分布も一定となります。消費電力はわずかとなりますので、可能であれば連続通電されることをお勧めします。

    これからの計量機器メーカは、単に性能の良さや多機能を謳う商品開発をするだけではなく、使用現場でより使い易く、かつ計量誤差を公開し&低減できる周辺ツールを含めた提案をしていくべきであると考えます。また、この提案とは、環境計測や通信手段、データの管理やグラフ化など、解析から評価までを含む総合的な計量・計測サービスを提供する事を意味しています。その時にメーカとして重要となるのは、実際の使用現場となる計量計測市場を知ることです。今後も市場調査を重視し、『三方良し』の方針に沿って、独自の企画商品を実現して行きたいと思っています。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)