開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第14回
生産ライン用 1μg天びんの開発

シリーズ 『開発者の思い』 第14回
2011年09月14日

生産ライン用 1μg天びんの開発

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生産ライン用計量器:AD-4212シリーズに、1マイクログラムの感度を持つ新しい機種を追加しました。そこで今回は第2回開発者の思いに続き、生産ライン用計量器についてお話します。 AD-4212シリーズでは、最小表示:0.1mg ⇒ 0.01mg ⇒ 1mg ⇒ 10mg と順番に製品開発を進めました。最初に0.1mgを開発した理由ですが、約20年前から特注品として分析天びん相当の0.1mg感度のライン用計量器を販売していた事があげられます。感度1mg以上の計量現場では、それなりに計量物や計量冶具が大きく、かつ重いので、汎用天びんが使用可能で、小型計量器へのニーズは少ないと判断されたからです。

当時は、汎用天びんHXシリーズ用に開発した新たな質量センサーを、ライン用として利用していました。開発当時、汎用天びんHXシリーズは応答速度が早いなど、過去の多くの汎用天びんと比較して、優れた特性を持っていました。また、この時開発した質量センサーは、販売開始後、約20年近い分析天びん:HRシリーズに現在も利用されています。

バブルの終盤で開発したHXシリーズは、高速応答&質量センサーの上面に皿が配置されるトップローダー方式(通称汎用天びんと呼ばれる)でありながら、分析天びん相当となる、秤量100g×最小表示 0.1mg という、当時珍しい高性能を誇っていました。しかし、あまりにも多様な機能を付加した為、高価な製品となってしまい、その結果、汎用器としては売れませんでした。しかし、生産ライン用天びんとしては高速応答と高い再現性から、計量に許される時間が1秒以内といわれている生産ラインの分野への導入が進みました。高速応答により、それまで諦められていた生産現場のオンライン計量での高精度計量を可能とした機種として、高い評価を得ることができました。

実はHXシリーズは私がA&Dに中途入社して数年目に、初めて質量センサーから新規開発した新製品でした。以前にも少し述べましたが、約20年前となる当時は社内の営業の主張が強く、時代背景もあり、企画段階からバブル仕様の製品となりました。それは具体的には、A&Dとして初めて汎用天びんに内蔵分銅を入れる。表示部を計量部と別のケースとし、接続ケーブルを利用して計量部と離れたところから操作する。表示部を計量部の後方にも立てられる構成とする。計量値をアナログ表示する。当時の汎用天びんでは珍しかった通信ポートも標準で付ける。などの具体的な要求となりました。これらの仕様を標準品で実現するのに、開発の責任を負った当時の私には、かなりの負担となり、新しいアイデア出しや努力が必要となりました。

最終的には営業の主張をすべて取り入れた製品としてHXシリーズを完成させましたが、汎用天びんとして販売を開始したその結果は、散々なものでした。それは、いくら色々な使われ方ができる高機能でも、計量器の使用者は、計量器には多くを望んではいないということを私に認識させました。つまり、HXの開発から、計量器は計量器以上でも以下でもないと言う事実を学ぶことができました。当時は担当者として営業要求への対応に苦労しましたが、無理難題?から逃げず、何らかの前向きな提案や対応を行なう事で、設計者としては成長できる良い機会を与えられたと感じています。ですから、当時の営業メンバーには色々指摘されたことを感謝しています。

これらの経験は、例えばライン用であれば出来るだけコンパクトで、高速応答、かつ高耐久性しか望まれないという、当然の結論を教えてくれました。このコンパクトと相反するのが、例えば、ライン用天びんへの校正分銅の内蔵です。ひょう量100g、最小表示0.1mgのライン用天びんの使用者が、100gの計量を行なう事はありません。治具として載る風袋が100g以下で、計量物は多くて数グラムとなります。この時度々校正を行なう必要があるのかを考えると、内蔵分銅は不要で、その分計量部が小さいことがメリットとなります。

具体的に説明します。多くの天びんでは感度ドリフトが±2ppm/℃と定義されています。100gのひょう量で、温度が5℃変化すると100g×2ppm/℃×5℃=±1mgとなり、100.0000g表示が99.9990~100.0010gの範囲で変化する可能性があります。確定したい計量値が1gの場合は、この±1mgの変化が百分の1となる±0.01mgに減少して、100g×0.1mgの天びんでは検出できないレベルになります。つまり最小桁の1万倍以内の計量であれば、設置時を除き、実質的に校正自体の必要性がなくなる事を意味しています。生産ラインでは、そのラインに流れる計量物を個別管理して定期的な計量値を確認すれば、校正の度にラインを止める必要もなくなります。

AD-4212B-23には、HXの2代後となる汎用天びんGX/GFシリーズ用に開発した質量センサー:SHSを搭載しました。Fig..1は、その1μgでの実力を取ったデータをグラフ化したものです。グラフは自動機を利用して1.25gの分銅を7月8日から12日までの4日間連続して昇降して、得られた計量値(ゼロ/スパン)と湿度、気圧、温度(室温/天びん内部温度)を同時に表しています。

繰返し性については、隣り合うスパン値(ひょう量-ゼロ点)10個の再現性:σn-1を1つのポイント(三角形)とし、それを線でつないで表しています。このグラフから得られる内容は以下となります。

Fig.1 計量室内での測定結果

  1. スパン値の繰返し性は2μg以下となる。(一番下の太く赤い線/右目盛)
  2. スパン値の変動がグラフレベルでは、ほとんど無いのに比べ、ゼロ点の変化は湿度、気圧の変化に追随して4日間で5mg(5000μg)と大きく変化している。
  3. スパン値が安定しているのは、室温の変化がΔ1.1℃/4日間と小さい事、また、それはエアコンによる温度管理がなされた部屋で、計量器の置かれた場所が、パーテーションで隔離された計量室となり、エアコンの風の影響が無いことがあげられる。
  4. 7月10日(月)AM 10:00の繰返し性の悪化(飛び)は、三陸沖の地震(AM 9:57、三陸沖 M 7.1)の影響と判断されます。

以上から、汎用天びん用に開発したSHSが1μgの感度を持っており、繰返し性が平均で1.6μgとなる基本性能が出ている事が理解されます。この場を借りて正直に言いますと、汎用天びん用に開発したSHSにおいて、当初予定した最小表示:1mgの3桁下となる1μgの感度が出た事に、SHSを提案した開発者として驚かされました。

Fig..1のデータは私どもの天びん室で取ったものですが、その他のデータから、人の出入りが無い夜中には、良い繰返し性が得られ、マイクログラムの計量では、エアコンの風や温度リップル、外乱としての人の出入りによる風圧、振動、体温による温度変化が表示不安定を招き、計量誤差となる事が明らかとなっています。AD-4212B-23の詳細については、今年の秋(10月)に開催される計測自動制御学会のセンシングフォーラムにて発表し、その後、発表内容をホームページに公開しますので、興味のある方は後日参照願います。

日本の得意とする軽薄短小の世界では、今後も微量計量へのニーズが研究分野から製造現場に幅広く存在し、増加していくものと推測されます。この時、計量器メーカーとして使用現場を考慮したシンプルな製品開発を進め、同時に設置環境の評価を含めた技術サポートに重点を置き、市場展開を進めたいと考えています。この一連の対応により、顧客の製品への満足度を向上させて行きたいと思っています。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)