開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第20回
計量機器専用アナライザの企画

シリーズ 『開発者の思い』 第20回
2012年11月13日

計量機器専用アナライザの企画

2年半前にスタートした「開発者の思い」も20回目となりました。 当初は、各製品開発の担当者が順番に執筆する予定でしたが、依頼してもいっこうに入稿されない状態が続きました。そこで、製品の企画と開発業務の管理を担当している私が、製品を企画し、製品の仕様を決めた背景についてまとめる事になってしまいました。

今回は、電子天びんやはかりに接続して、計量機の使用現場での機器管理を容易にする計量アナライザ:AD1691の開発についてお話します。開発目的を明確とするため、本題に入る前に、この機器を開発するに至った背景について説明しておきます。

電子天びんの技術は、メカトロニクスと呼ばれる複数の要素により構成されています。それは具体的には ①主に質量センサー部を作る機械技術と、②天びんの高分解能を実現する電気・電子技術と、③新たに重要性を増しているソフトウエア技術の融合によります。この3要素のバランスによって電子天びんの性能は支えられていると言えます。しかし、最近、電子部品は言うに及ばず機械要素についても、高性能となる通称ワイヤーカットと呼ばれる放電加工機や、マシニングセンターを購入すれば、あるレベルまではコピー部品を作成できる時代になりました。

その意味では、計量機器業界も家電製品と似たような状況になりつつあると言えます。つまり、①経済のグローバル化に伴い、日本の強みであった ②要素技術が海外に流出し、その技術が ③ブラックボックス化され、それらを使用した商品が、発展途上国での量産効果により ④低価格商品となり、 ⑤日本市場へ流入を始めています。このことは各要素となるブラックボックスを買い集めることで、パソコン同様に外観ケースさえ作れば世界の何処でも製品化が可能な時代になった事を意味しています。

この状況は、私が働き始めた30年前の記憶を呼び起こします。当時、日本経済は向かうところ敵なしの状況で、特に生産技術分野では日本の生産性は、ずば抜けていました。

生産財となるロボットは花形商品となり、当時晴海の展示会では、出展社数と人出が多く見学者は人波に乗ってしか動けず、人ごみの暑さで気分が悪くなったほどでした。しかし、数年を経ると、ほとんどのロボットメーカは廃業していました。それはモータ、制御盤などの重要要素を数社が独占しており、この同じブラックボックス化された重要部品を購入して、ロボットを生産していたメーカが価格競争を行った結果でした。

30年前のロボットブームは主に国内の話ですが、現在では市場が全世界統一基準で動く時代に突入したと言えます。この時、日本企業が生き残りを賭けて行わなければいけない事は、新しい市場を形成する製品企画力と、それを支える要素技術の確立と考えられます。つまり、メーカは存続をかけて現在の製品で確立された要素技術の深堀と、現有技術からの新しい製品企画&開発を行なうべきとの結論になります。この時の企画とは、現在の市場に潜在する需要の先取りとも言えます。

例えば計量器業界では、既に質量センサーとなるひずみゲージ式ロードセルやロードセルのアナログ出力をデジタルデータに変換する通称:A/Dコンバータが単体で市販されており、アジアでは日本、韓国、台湾、中国、インド、遠くは東欧までの計量器メーカが同じスペックのはかりを生産するに至っています。

このような状況下で、技術先行する先進国の天びんメーカは、主に天びんの表示部の機能アップなど、見栄えを豪華にすることで差別化を続けています。つまり、表示部を大きなカラー液晶とし、タッチパネル操作のできるスマートフォン化を進めています。

この傾向は、その目新しさから販売代理店には大変好評で、国内外の代理店からも、また弊社の営業からも、この流れに追随するべきとの多数の意見がありました。

しかし、計量器の使用現場からの要求は、極めて単純でした。それはつまり①正確に、②短時間で、③簡単に、かつ④低価格で計量できることです。その事に徹すると、豪華な表示部は計量現場での操作困難、価格上昇、計量器の大型化に繋がり、使用者のメリットに反するとの結論となりました。

また一方では、計量機器を管理する人にとっては、各種規制強化により新たな計量器の管理方法の導入が必要となっていると推察されました。この管理者とは、計量業務に従事する人となり、例えば製薬会社の計量器全体や生産ラインを管理する人や、臨床検査を請け負う受託研究&検査会社、計量器のメンテナンスを仕事とする人などで、弊社の営業やフィールドエンジニア(FE)もこの範疇に入ります。

つまり、計量業務に関わる人は、機器を業務として日常頻繁に使う人と、その機器を管理する人の、2つの立場があるとの結論に達しました。

当然ですが、業務目的が異なれば、機器への要求も変ります。日常的な利用者は計量値のみが表示されることを、また管理者からは『不確かさ』を含む難易度の高い管理を簡単にしたいとの要求があります。

これらの検討から、計量器の構成はシンプルとして、プロ専用の治具として計量器専用アナライザを商品化すべきとの方針が出ました。より具体的には、A&Dの天びん・はかりで通信機能のある全機種に対して、必要な時に接続して使える計量機器専用アナライザ:AD1691を開発するに至りました。

参考として、AD1691を利用し、マイクロ天びんの性能を24時間モニタしたグラフ ※1『AND-MEET』を載せました。Fig.1がAD1691の外観です。カラフルなタッチキーを採用し対活型でのデータ取りが出来ます。またFig.2では、AND-MEETを利用し、マイクロ天びんの24時間の繰り返し性が、平均で2.8μgとなった事を示しています。結果の詳細な説明についてはここでは省きますが、この様な機能により計量環境を考慮した繰返し性の評価などが可能となっています。

※1
AND-MEETについては、開発者の思い No.12 参照

計量機器専用アナライザ

AD1691は、A&Dの独自技術となるDSP:デジタル・シグナル・プロセッサ技術を利用しており、計量器用の専用パソコンと言えば理解し易いと思います。AD1691の利用により、複数台の天びん管理が可能となります。AD1691の機能としては、①繰返し性に関するデータ収集&再現性計算や、そのデータファイル作成、②USBメモリを介した汎用パソコンとのデータ共有、③天びんの使用現場での不確かさの確定、④AND-MEET実施結果のグラフ化ができます。また、OSを含むソフトウエアを利用する必要がないので、通信ケーブル(RS-232C)を介して計量器と直接接続するだけで上記機能を使用できます。AD1691のこれらの機能を利用することで、複数台の計量器の一元管理が容易となり、パソコンとの接続トラブルや、パソコンの様に時間を経て廃止機種となった結果、過去の計量データとの互換性や一元管理が難しくなる問題も回避できます。対話方式のガイダンス機能もあり、操作指示に従えば、確定すべき要因が多く、手間が大変な「不確かさの確定」も、計量器の使用現場で、かつユーザ自身で対応できるようになります。

業界初となる計量器専用アナライザを利用していただくことで、計量業務の生産性向上と、新しい品質管理に役立ててもらえると考えています。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)