開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第21回
新年の登山で考えた事

シリーズ 『開発者の思い』 第21回
2013年01月09日

新年の登山で考えた事

あけましておめでとうございます。


剣が峰

2007年1月5日AM9:30快晴の大山頂上から見た剣が峰

2010年4月にスタートした『開発者の思い』も、既に3年目に入りました。新年に当たり、今回は正月の大山登山や、計量・計測機の市場から見える日本の現状などについて私見をまとめてみました。

今年の正月3日に鳥取県の大山(だいせん)1709mに登って来ました。大山は標高こそ低いですが、日本海に近接しており、積雪が多く、季節風をまともに受ける為、冬は天候の厳しい山となります。この為、樹林帯は6合目までで、それ以上は潅木帯となり雪に覆われて雪面だけの世界となります。正月ですので、当日は20組40名程度が登山していましたが、強風とガスで視界が10m弱しかない為、7合目付近から戻られる人がほとんどでした。過去にこの時期の頂上付近でリングワンデリングを経験していたので、少し迷いましたが、行けるところまでは行こうと思い、7合目から傾斜の落ちた9合目を過ぎて、頂上直下の山小屋を経て、最高点と思われる地点まで行きました。頂上付近には京都から来た2人の登山者がいました。3人で頂上を探しましたが頂上から先は北壁と南壁が切れ落ちており、踏み外すと大変危険です。視界もないのでどちらに行っても低くなる場所を頂上と判断して、頂上未確認のまま下山を開始しました。

下山時には絶え間ない北西の季節風、約20m/秒を正面に受けるので、真っ直ぐには歩けず、同じ場所をぐるぐる回るリングワンデリングに陥る事があります。5~10m間隔で立っているポールを眼を凝らし、ガスの薄くなる瞬間を待ち、時間をかけてポールを1本ずつ確認しながら下山しました。

実は6合目の少し上で、訓練の為に登っていると思われた下山中の山岳救助隊8名程度のメンバーとすれ違いました。その時、7合目以上は危険なので登頂しないよう言われていました。ですから、仮に山頂の雪原で迷って下山できなければ、忠告を無視し、あえて危険地帯に踏み入り遭難したと中傷されると理解していました。

実際に今年の正月は冬型が強まり高山では多数の遭難者が出ました。勿論遭難を美化する事は不謹慎なことです。しかし、家に閉じこもれば危険はないかもしれませんが、人にはその個人毎の冒険心と、それを実践できる気力と体力が必要だと思っています。

例えば、ドイツ人には冒険家が多く、世界の隅々まで行くと必ずドイツ人に会うという話があります。おそらくドイツでは、死ぬリスクを負ってでも何かをやりとげようとする人が多いと思われ、社会もそれを許容する余裕があると判断されます。一方日本では、なぜ危険な山に行くのかと疑問に思う人がほとんどです。

夏の海水浴で毎週数十人が、また交通事故では日に40人程度が亡くなっている事実から判断すれば、確かに母数の違いはありますが、滅多に無い事がニュースになる事実があり、一定量の人が自然に接する事による危険に晒され、ある頻度で事故の起きる事は、むしろ自然な事と考えられます。むしろそれをテレビのニュースで見て、非難するだけの人の方が、不自然な生活をしている可能性が高いと思います。

話を計量器関連に戻します。既にお話したこともありますが、計量器はますます高精度化が進み、成長産業における生産ラインにおいても、1マイクログラム単位での計量機械が増えています。また分析業務でもマイクログラムを確定する微量分析が増えています。これらの背景には、特に先進国では品質で優位に立つことが、今後の企業の存続には避けて通れないと言う、世界規模での経済的な背景があると思われます。生産ラインでのマイクログラム計量に関する市場要求も日本で始まりましたが、既にアジアを中心とした海外市場で活性化しており、今後の動向が注目されます。

実は6、7年前にリチウムイオン電池の世界市場での日本メーカのシェアが80%前後であった時期があり、この時、リチウム電池の品質維持を目的とした、生産ラインでの電池の全数計量が始まっていました。この時、国内外の電池メーカから、自動機に組み込む計量器について多くの相談を受けていました。

紆余曲折はありましたが、最終的に韓国メーカは国内メーカより一桁多い計量器を一気にラインへ導入しました。その数の多さと決断の速さに驚かされたと同時に、その時、私は大変危機感を持った事を覚えています。それは計量器の導入台数が、そのまま生産量に直結し、ひいては製品単価に影響を及ぼし、市場競争力を決定すると思われた為でした。

このような展開は電池にとどまらず、LEDや液晶の生産装置でも同様な状況となっていました。これらの技術は日本の技術者が数十年間育てて来て、最終的には韓国メーカが市場を押さえ、国家レベルでの利益を得ました。残念ながら懸念は現実のものとなり、古くはD-RAMで起きた状況と同じになってしまいました。

しかし、製品や生産設備を構成する要素(パーツ)は、今でもmade in japanまたは、日本企業が独占しています。つまり、商品としての完成品を作るアセンブリ技術で日本は負けても、根底にある要素技術は未だ世界一と言えます。この要素技術を詰める技術者の育成は、企業の大小には関わらず、どれだけ熱意を持った先輩技術者がいるか、また若手が貪欲に技術を習得するかで決まると判断され、今後も経営者が技術を重視する企業の優位性は、ゆるがないと判断されます。

計量器でも、最も技術を要する汎用分析天びん市場に限定すると、世界市場に進出しているメーカは、欧州に5社、日本には3社が存在しています。既に米国には独自に海外展開している計量器メーカは存在せず、欧州勢と日本勢が世界市場を2分しています。また世界規模となる2つの分析天びんメーカがあるのはドイツのみです。一方で日本に3社の分析天びんメーカがあり、それぞれに海外展開していることは、精密機械と電子化の分野において、日本の技術の高さを示していると考えられます。

この事は国内での競争が激しく、お互い切磋琢磨することで国際競争力の向上に繋がると理解され、国内市場がダウンサイジングするなかで、競争力の強化による海外進出を促していると判断されます。日本の計量器メーカは欧州メーカに対して、メカニズムと電子化(メカトロニクス)での出遅れがありました。しかし、現在では、その遅れを乗り越え、先頭集団に追いついたと言えます。従って、今後どのような独自路線が展開できるかが、それぞれの日本メーカの課題になると判断されます。

国内の計量器市場は、高齢化に伴い新たに必要となる計量・計測機器など、新分野での新規需要はありますが、計量器に関する既存市場全般は低調に推移しています。従いまして計量器メーカも他分野と同様に、新分野への展開を急ぐ必要があります。

例えば、上記に関する医療分野などは今後有望な市場になると判断されます。みなさん既にご存知と思いますが、日本の高齢者で特に男性の死亡率の第一原因はがんではなく、摂食嚥下障害による肺炎です。嚥下障害者は誤嚥のよる気管支炎から肺炎を起こし、それが致命傷になります。また経口摂取が困難な患者に行われている胃瘻では、生活の質が低下し患者の生きる意欲を低下させる事が、医療上の大きな問題となっています。摂食嚥下障害や胃瘻を防ぐには飲みやすい食品を評価する必要があり、それには短時間で安定して、かつ再現性の良い食品の粘度管理が必須となっています。

上記学会では、音叉振動式粘度計の優位性を示す、いくつかの論文が公開されています。それは、その他の既存の粘度計では、低粘度側の測定が難しい事を意味しています。この事実があったとしても、既に長時間市場を独占していた過去の粘度計に囚われず、新しい方式となる測定機を研究段階で積極的に評価・利用されていることは、日本では大変珍しいと思われます。その理由ですが、音叉振動式粘度計を開発した直後、拡販の為営業にデモ同行した時に、客先が音叉振動式粘度計での短時間での安定した計測を理解し、それでも、質問が過去の粘度計との互換性に終始することを毎回経験していた為です。

おそらく摂食・嚥下の業界では、人命に関わる責任問題があり、これを証明できうる新規測定機器の導入を急いでいると判断されます。

以上の話をまとめると、現在の日本の経済状況は、社会の安定志向の高まりと共に、特に大企業の経営者が、現状維持を最大の目標とし、リスクを負う決断を避けたことと、メーカでありながら技術指向を弱めた事、また、社会全体の考え方の保守化が完了した結果と言えると思います。

一見、現在の日本社会の閉塞感や経済状態と、山岳遭難への反応は何ら関連が無いようですが、いずれもその根底には、冒険心やチャレンジ精神の欠落と同時に、自らは自分を安全な環境に置き、批判のみ行う共通のスタンスが垣間見られます。

過去、維新や政権移行により、庶民の暮らしが良くなった事は一度もなかったと言われています。そこで、今年は新政権になったことに期待するような、他力本願の考え方を改め、自ら何らかの新しいテーマに挑戦する年となるよう、公私ともに積極的に対応して行きたいと考えています。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)