開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第39回
『最小計量値に関する考察』

シリーズ 『開発者の思い』 第39回
2016年01月07日

『最小計量値に関する考察』

最小計量値については、『USP U.S.Pharmacopeia(米国薬局方)医薬品の品質の適正を図るための規格 USP Chapter 41 Balances』 に規定があり、それを要約すると以下の内容となっている。

『特に明記しない限り、分析にて物質が正確に計量されるべき際には、測定の不確かさ(偶発および系統誤差)が読み値の0.1%を超えない計量機器で計量が行わなければならない。 測定の不確かさは、少なくとも10回の繰り返し計量をした時に、得られた標準偏差σの2倍を計量値で割った値が0.001(0.1%)を超えないこと』

この規格は、『ある計量器について、分銅など経時での質量変化が無いと判断される、同一質量を連続して繰り返し10回計量し、求まった繰り返し性(標準偏差σで定義)の2000倍を、その計量器を利用して計量できる最小質量とすべきである』との提案を行っている。

文言が規格化されると、何だか大変難しい内容との印象を受けるが、要は2σ(95%の確率で得られる偏差の幅)を考慮した上で、その偏差が0.1%以下となる計量を行えば、通常の計量作業としては問題がないと定義しているにすぎない。

ここで問題と思われるのは、色々な場面で行われる計測・計量作業について、その必要とされる精度を規格で一律に決める意味があるのか?という疑問が起きる事である。つまり、計測&計量現場では、その現場毎に必要とされる精度(不確かさ)は異なるのが一般的で、金の取引とお菓子の量り売りでは、要求される不確かさが全く異なるのは明白である。また、精度を追求した結果、得られるものと失うものを秤にかける必要もある。特に微量分析の世界は、人の社会活動の中で最も細かい計量が必要となる業界であり、必要とされる最小計量値は数㎎レベルとなる。この時、編差0.1%を確定するには、例えば計量値を1㎎とすると、1㎎÷2000=0.5μgの繰り返し性が必要となる。また、繰り返し性0.5μgの性能を保証する天びんとしては、ウルトラミクロ天びんしか存在しない。そこで、規格に沿って大変高価なウルトラミクロ天びんを購入する事になる。しかし、新たな問題として、これらの天びんは高価なだけでなく、大変扱いが難しい問題がある。

つまり、前回の第38回に書いたような計量環境整備と、計量操作に対する熟練が必要となる。また、最も重大と思われる事は、天びんの機器メーカが最小計量値の規格のみを前面に打ち出していること。そして天びんを買わせ、その後に必ず問題となる、天びんの使用現場に横たわる環境や操作に関わる誤差要因の問題を放置し、解決提案をしていない事である。その結果、高価なミクロ天びんが、ホコリにまみれて使われていない研究室が多発する事態を招いている。この様な対応を、世の中一般では、『売りっぱなし』と呼んでおり、機器メーカが信用を失う一番の理由となっている。

この状況下、計量現場では如何に対応すべきかが課題となる。最小計量値が当初、標準偏差×3000であったのに、すぐに改定され×2000となった事実からも、計量現場での実務を考慮せず、卓上の議論で規格が決定された事が証明されている。また、私は海外及び国内の計量現場を多数見た経験から、ミクロ天びんの計量環境として妥当と思われる場所は、欧州のいくつかの公機関や天びんメーカの他では、ごく一部の日本の研究機関でしか確認していない。また、元素分析では検査サンプルから検量線を引いて、その検量線を100%信頼して分析結果を出しているが、分析機器本体の精度がどの程度出ているのかも確認する必要があると思われる。

過去、分析天びんを含む計量器では、最小表示を参考値として、最小表示の1桁上で計量値を確定する暗黙のルールがあった。この1桁上で計量値を確定する理由は、天びんは表示桁が多く、環境や人の操作による多くの外乱を受けるので、最小表示桁で安定した計量値を確定するのは難しく、確定できる表示は、表示できる最小表示値の10倍が必要との認識があった。また、計量結果に0.1%の保証を行うには、確定できる表示の1000倍もあれば十分との計測ルールもあった。これらの背景は、マイクロ天びんの繰り返し性が例えば、3μgの時、3σが約10μgとなり10μg×1000=10mgとなる事を意味している。つまり最小計量値とは、計量・計測の暗黙のルールを数値化し規格としたに過ぎないことが理解される。

以上の背景から、理想を歌った最小計量値に関しては、汎用天びんや最小表示0.1mgとなる一般的な汎用天びんには妥当な規格であったとしても、マイクロ天びんには適さないと考えられる。分析の現場で0.1%の確定を行う必要のない場合には、規格に盲従するのではなく、必要とされる計量精度を考慮した柔軟な対応が必要と考えられる。例えば天びんの繰り返し性:σ×1000を最小計量値と再定義し直して、数値競争の様相となっている、マイクロ天びんの繰り返し性に関するスペック争いに巻き込まれる事なく、自分の目的に合った計量精度を維持すべきと判断される。また、同じ費用を使うのであれば、天びんそのものの購入費用に100%投資するのでは無く、むしろ計量環境の整備や計量方法の習熟技術を確保する為の研修に参加するなど、安心できる計量環境作りに投資する配慮が重要と判断される。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)