開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第35回
『動物専用となる計量器の開発』

シリーズ 『開発者の思い』 第35回
2015年07月01日

『動物専用となる計量器の開発』

新しい医薬品の開発工程では、薬剤により得られる効果と安全性の評価が重要な課題となっており、人による治験前に多くの動物実験が行われている。そして、その動物実験現場では、重量測定用となる天びんを始め、観察用の顕微鏡など、多くの分析用ツールが使用されている。

動物実験においては、過去、薬剤の投与による臓器の重量変化や、ある器官の生体反 応の確認など、分析的な実験が多かった。しかし、現在では動物愛護の視点から、生体の解剖を伴う分析的な実験を減らそうとする強い流れがある。

また最近では、動物の健康状態を表す行動パターンや自発運動量の変化を測定する試 みが続けられている。それは、動物の精神状態までを含んだ行動パターンや症状を判断して、薬剤投与による動物の行動に対する影響を見ようとするものである。これらの方法は、人に薬を投与した時の精神的な状態を含めた、薬剤の効果について、妥当な評価・判断を行うべきとの動きに繋がっている。

例えば人に薬剤を投与しても、臓器の反応だけでは理解できない精神的な影響の出る事が明らかになっている。この背景から、動物の行動パターンなどの現象を数値化して解析し、その結果から薬剤の効果を判断し、生物個体、または群れとしての総合的な反応を評価する方法が考案されている。

薬剤の投与により病気は治っても、結果として人のクオリティ・オブ・ライフ(quality of life:QOL)が低下し、極端な場合、病気は治ったが人は死んでしまったというような事態を招くことがある。そして、それらの認識は、製薬や医療業界だけでなく一般の人にも広がっている。

動物の行動を測定する方法として、過去には静電容量の変化を利用して動物の動きを計測する装置が提案された事がある。また最近では、赤外線センサーやCCDカメラを用 いて、動物の動きを移動によって捉え、自発運動を定量化する試みがある。

これらの方法では、動物のケージ床面を仮想枠で分割して場所の移動回数をカウントしたり、動物の移動による通過を光でカウントするなど、デジタル化したデータを基に自発運動や動物の活性を測定する形を取っている。しかし、動物の動きをこれらの光学機器で捉えて定量化するのは、“1/0”となるデジタルデータの定量化が難しい問題があり、測定方法間の互換性に乏しい、繰り返し測定した場合の再現性が乏しいなどの問題を抱えている。

動物の自発運動の測定と並列して、マウスなどの週齢による体重増加や、薬などの投与による体重の増減を、経時的に測定したいとの話も多い。特に汚染物質が生体に与える影響を評価するのに、人が介在せずに動物の連続した体重測定を行いたい。動物の飼育過程で、最大の外乱となる人と実験動物との接触機会を減らし、人と動物間における ウイルス感染など、クロスコンタミに対する安全性を向上させたい、より実験の確度を上げたい、などの具体的要求も増えている。

そこで、これらの潜在的な要求に答える為、マウスの体重を自動計測し記録できるマウス用自動体重計を開発した。この体重計では、マウスの飼育ケージ下に計量器を配置し、計量器から上方に延垂した皿軸を介して、ケージ内に計量皿を配置している。

ケージ内に計量器の皿のみを配置することで、マウスが皿に乗った時の計量値(秤量値)と乗らない時の計量値(ゼロ点)が測定される。秤量値から、ゼロ点変化を差し引くとマウスの体重が確定され、その測定を長時間行うことで、継続した体重変化の測定データが得られる。

今回、開発したマウス用自動体重計の写真をFig.1に添付した。このマウス用自動体重計では、計量器を底面に配置し、ケースで覆い、そのケース上面にマウス用ケージを配置している。また、ケージ底面の床面には窓が空いており、その窓を介して、計量皿がケージ内に配置される構造を採用している。計量器から得られる出力を、計量データ として継続して記録し、そのデータをPCなどに送り解析することができる。また、このシステムでは設置される場所が、電波の環境として安定している場合には、無線を利用して外部に計量データを送ることができる。

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時系列でマウスの体重をモニターする事で、マウスが皿に乗っている時間や頻度、また計測される体重の変動幅などから、マウスの体重だけでなく、マウスの自発運動量や、活性の評価についても、参考となる多くのデータが得られる事が判明した。Fig.2に黒色約30gのマウスを約90分間ケージ内に入れた時のデータを載せた。グラフは横軸が時間軸で、縦軸が重量表示[ g ]となっている。このマウスは好奇心が旺盛で、ケージ内に入れられた直後から50分間は大変活発にケージ内の調査活動を行い、それ以降は、計量皿に乗った状態で、自発運動の減少した事がグラフから理解される。グラフは、計量皿の上にマウスが乗った時に約28gの重量を示し、皿から降りた時にはゼロg表示となってい る。例えば、餌や糞などが皿に乗っても、その時の値とマウスが皿に乗った時の重量表示の差から、その時間毎のマウスの体重が確定できる。

また、各マウスが一定時間に皿に乗る頻度が判断できる事から、その頻度を計算することで、例えば自発運動量を推測する事も可能となる。異なるマウスをケージに入れた実験では、動きに個体差の大きい事も明らかとなっている。

マウスの計量値変化

新しく開発した動物用自動体重計を利用することで、今まで難しかった体重の連続測定が可能となった。また、得られた体重の経時変化をモニターする事で、投与した薬剤 や各種物質の動物に対する影響評価が可能になったと判断される。また、薬剤評価以外の分野においても、例えば動物の各個体の活性度の評価や、行動パターンの分析、飼育 用の餌や水、温度、湿度、気圧、振動、風などの飼育環境が動物に与える影響評価について、測定&分析のできる新しい機器として提案していきたいと考えている。

今後は、体重の自動計測技術をベースに動物の行動を、より客観的に評価できる各種新製品の開発を積極的に進めて行きたいと思っている。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)