開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第28回
電動ピペットの機能と性能について

シリーズ 『開発者の思い』 第28回
2014年05月12日

電動ピペットの機能と性能について

電動マイクロピペット MPAシリーズ 製品ページへ

今年の春先から、自社のオリジナル電動シングルピペット:MPAシリーズの販売を開始しました。完成したマイクロピペットを持ち歩き、九州福岡地区から、四国、大阪、京都、名古屋、北陸、関東と色々な研究室を回り、製品の説明を行いました。また、海外では韓国の研究室市場を回り、製品説明及び市場調査を行いました。

今回の開発者の思いでは、これらの市場調査の結果から得られた内容を、ピペットユーザーの抱える現場での問題と考え、問題を解決する具体的な提案としてまとめました。

  • 粘度の高い液体の分注

    被分注液体の粘度が高いと、チップ外周と内面には液体が付着します。 特に問題となるのは、チップ内壁に付着して残存する液体です。チップ内壁に液体が付着すると、きれいな排出ができず正確な分注量が確保できなくなります。この問題の改善には ①液体の吸引・排出速度を遅くし、高い粘度の液体が移動できるよう時間をかけて吸引・排出を行う。 ②予め液体を大目に吸引し、排出量で分注量を決める、通称:リバースモードと呼ばれる機能を利用し、チップ内壁に残る液体による誤差を低減する。 ③チップ先端の口径の広いものを利用し、高粘度となる液体に加わる圧力を低減する、などの対策が有効です。電動ピペットMPAでは、吸引・排出速度を5段階で調整できます。またリバースモードの設定も容易にできますので、より安定した分注が可能となります

    いずれの方法を利用しても空気の圧力を利用するマイクロピペットでは、水の10倍となる10mPa・s以上の高粘度の分注は困難となります。それ以上の高粘度液体はピストンが接液するタイプの吐出機器を利用すべきと考えられます。

  • 溶剤など、揮発性の高い液体の分注

    『溶剤など揮発性が高く、かつ粘度の低い液体をピペットで分注するのは難しい』と感じられている研究者が多数いらっしゃいます。溶剤が揮発し易く、ピペットに内蔵されるシリンダー内の空間が、溶剤の蒸気で満たされる事がその原因となります。つまり溶剤吸引直後にピストン内が溶剤の蒸気で満たされ、空間の圧力が上昇し、溶剤が押されてチップ先端から漏れたり、分注量が安定しない現象が見られます。これを防ぐには分注前に溶剤を何度か吸引・排出することで、シリンダー内の蒸気圧を一定にし、それから分注作業を行うことをお勧めしています。これらプレリンスと呼ばれる分注前の繰返し吸引・排出を行う作業は、溶剤以外でも、分注容量の正確さを確保する時に、有効な前処理作業となります。MPAでは、電動の利点となる複数回の吸引・排出動作が、スイッチ操作のみで容易にできますので、効率良く液体を混合したり、プレリンスすることができます。

  • 連続分注時の作業性について

    96ウェルのマイクロプレートへの分注は難しく、マルチタイプのピペットを利用したとしても、常に安定した分注量を確保するには、多くの熟練が必要になります。連続分注に手動シングルピペットを利用すると、ピペットを何度も平行移動して、吸引・排出を繰り返す事になり、大変面倒な作業となり、膨大な時間も必要になります。一方、電動シングルピペットでは、スイッチの1回操作で8または12ウェルに満たす全量を1回で吸引し、8または12回のスイッチ操作のみで、安定した分注が実現できます。特に精密な分注を行う必要のある場合や、高価な溶液の使用量削減を行いたい場合には、操作が容易で精度の出る、電動シングルタイプのピペットが最も有効な手段となる事が明らかになっています。

  • 電動ピペットでの連続分注について

    電動ピペットで連続分注を行うと、均一な分注量が確保できず、1回目が不足気味になる。また、最後の分注量が不足するなどの話しをよく聞きます。これらの現象はマニュアルタイプのピペットでも原理的に発生していますが、マニュアルピペットでは連続分注ができないので、比較対象がなく、表面上は問題視されていません。

    この連続分注による誤差の原因は、一般的に『バックラッシュ』と言われている現象で説明できます。バックラッシュとは、簡単に言うと車のハンドルのガタと同じです。ある方向に機構が動いて止まり、その後、逆方向に機構が動くとき、ギアやネジの遊び分、動作に対して応答が遅れる現象となります。ピペットの場合、可変容量を決定するネジのガタと、シリンダー内の気密を保つOリングなどが、液体吸引時の負圧から、排出時の加圧状態に圧力変動を受けることで、位置が微妙に動き、それに伴う容量変化が発生し、バックラッシュの原因となっています。

    以上の説明で理解されることは、ピペットのバックラッシュは手動でも電動でも発生するという事実です。手動ピペットの場合、このバックラッシュを解消することはできません。しかし、電動ピペットでは、機器の持つバックラッシュを解消する事ができます。それは、吸引時に大目に液体を吸引し、予め微量を自動排出することで、以降の分注量を安定化させる事ができるからです。MPAでは、その機能を『プレディスペンス』と呼び標準化して製品に搭載しました。この機能を特許/商標として申請していますが、プレディスペンス機能を付加した事で、今までの電動ピペットで問題となった、連続分注における初回分注時の計量誤差を、最小限に抑えることに成功しました。

    この『プレディスペンス』機能を利用することで、大手ピペットメーカーの手動ピペットと比較し、再現性が1/2となる大幅な分注性能の改善を達成しました。これらの具体的内容については、2014年度の学会で発表する予定です。

  • ピペットとチップの相性について

    研究室を回ると、既に使用しているチップとの相性について、毎回質問がありました。MPAでは既存のチップとの互換性をうたっています。しかし研究者は一般論ではなく、使っている『そのチップ』との相性を聞いて来ます。そこで、市販されるほとんどのチップについて、MPAに装着して漏れが発生しないか、正確な容量の分注が可能であるか確認し、その結果をホームページで公開しました。結論から言いますと、使用できる機器を限定する為に開発された、特殊なチップを除き、MPAへの使用は可能です。ただし、チップの種類で全長の長いものでは、分注量のわずかな減少が確認されています。このような場合でも、MPAには電動ピペットの長所として、天びん同様にミリグラム、またはマイクロリットルでのユーザーによるデジタル校正が簡単にできます。使用現場で校正して使えることで、精度が保証され、安心してピペットを使用することができます。(MPAの持つデジタル校正の機能についても、特許として出願しています)

  • 故障とメンテナンス

    一般的にピペットは落とすと壊れる機器として認識されています。手動ピペットであれば、プッシュボタンの軸が曲がる、チップホルダーの付け根部分が割れるなどが、よくある故障となり、使用者の操作ミスによる液体の吸い込み過ぎが、ピストンのサビや腐食につながる問題もあります。また、電動では落下により表示部が点灯しなくなる、動かなくなるなどの故障が多発しており、電動ピペットの販売増加を妨げる原因になっています。MPAでは電動の弱点となる、ピペットの上端電気部を保護する為、専用プロテクターを、ヘッド部4コーナーに配置しました。特許出願したプロテクション構造の効果は大きく、MPAは1mの高さからPタイルの貼られたコンクリート床への落下試験に耐えうる耐衝撃性を獲得することに成功しました。また、電動では自動で吸引することで、操作ミスによる吸い込み過ぎが発生しない事が確認されています。

    以上からMPAのメンテナンスはチップホルダーとピストンを含む、通称ロワーパーツと呼ばれるユニットに限定され、本体から容易に取り外せるこのユニットをユーザーレベルで交換し、その後ピペットを校正して使用することを提案しています。

  • ピペットの管理方法について

    ピペットの使用現場で、どのようにピペットを管理すべきか?との質問を多数受けました。使用現場でのピペット管理は通常、標準作業手順書(SOP)と呼ばれる書類に記載された手順に沿って行なわれます。また、その手順は、おおまかに言って『日常点検』と『定期検査』に分類され、自動車における日常点検と車検のような関係になります。

    日常点検では、外観確認、スイッチなどの機能に問題が無いか、ピストン部に漏れがないか等、外観と機能を点検することになります。また、定期検査は、日常点検+性能検査となり、ピペットで計量される容量を体積か、または質量で検証する必要があります。これらの点検&検査にて、NG品が確認された場合の処理についても、事前に決めておく必要があります。

    これらピペットの使用現場での管理手法について、製品販売後には研究現場の多くの場面で必要になると考え、SOPの手引きとなる資料を作成しました。また、この内容を、ピペットなどの機器管理責任者にご説明すると、大変喜ばれることを経験しています。

マイクロピペットはGMPの対象外機器となり、製造現場では使われない前提になっています。しかし、実際には製造現場での品質管理や研究段階や臨床検査では必須の機器となっており、今後は、熟練者と新人の技能差が出難く、かつ熟練者でも再現性の改善が可能となる、操作の楽な電動ピペットの使用割合が増えていくと考えられています。

弊社では、計量器メーカーとしてピペットの管理ツールを最初に商品化した経緯があり、最後にそのノウハウを使い独自のマイクロピペット:MPAシリーズの開発を行いました。壊れ難く、基本性能に優れ、かつ疲労の少ない操作性を考慮したMPAシリーズが、研究や臨床試験の現場で利用され、ピペッティング作業の負担軽減や現場での品質改善に繋がる事を期待しています。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)