開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第25回
電動ピペットの製品企画と開発(その1)

シリーズ 『開発者の思い』 第25回
2013年10月16日

電動ピペットの製品企画と開発(その1)

電動マイクロピペット MPAシリーズ 製品ページへ

私の所属する天びん開発チームは、過去長らく計量器のみの開発を続けていました。その計量器の分野では分析から重量級までの電磁平衡式天びんの開発を担当し、電磁平衡式以外では6万分の1となる高精度ロードセル式はかり、また静電容量式のコンパクトはかりのセンサ開発から製品化を担当しました。また一方では電磁平衡式天びんに利用している要素技術を水平展開させ、音叉振動式粘度計を再開発し、同じ質量計測に関わる要素を利用した加熱乾燥式水分計や、重量法を利用したピペットの校正機器までの企画から開発、市場投入後の販売促進までを行った経緯があります。これらの展開は、要素技術を基本として、垂直方向と水平方向に商品を展開した例になると思います。

この展開は、製造メーカが業務を拡大する方向を示しています。それは所有する技術を基本にして、その技術を利用できる商品へ展開する。また、既存の製品が形成した商品市場に向けて、新たな商品を企画することを意味しています。

特に天びんを利用する研究室市場では、マイクロ天びんに代表される分析天びん、マイクロピペット、顕微鏡が三種の神器と位置つけられており、多くの研究場面で利用されています。既にマイクロ天びんまでの市場展開を終了させた現状から、新たな企画商品として電動式マイクロピペットの開発及び市場投入を進める事にしました。

マイクロピペットの使用は、製薬から始まり、バイオや遺伝子関係、臨床試験、食品、化粧品、各種材料へと高範囲に広がり、研究分野では不可欠な器具として使用されています。これらの分野は今後も確実に成長する市場となり、既に世界規模では20社以上のピペットメーカがひしめき合っていると判断されます。また、マイクロピペットの年間市場規模は一昔前に全世界で約100万台/年となり、現在では200万台に達していると考えられます。しかし、現状市販されるマイクロピペットの多くが手動式マニュアル操作タイプとなっています。研究分野では主に研究職の女性が試薬やサンプルの作成にピペットを利用し、色々な臨床検査や遺伝子の増殖などを目的として、一日中ピペット操作を行っている場合があります。しかし、これらの現場において、マニュアルピペットは多くの問題を抱えた機器であると言えます。

その問題とは、長時間に及ぶボタン操作によって、多くの人が親指の腱鞘炎になること。正確な容量吐出には熟練した操作が必要となり、操作方法の個人差により吸引&吐出される液量に10%~20%に及ぶ、比較的大きな人為差が生じ、その結果、吐出される容量のバラツキが、サンプル量に影響して分析の精度を落としている事。また、吐出できる容量が比較的少ないので、主に研究分野で使われており、生産現場では使われない機器となり、GMP対象外とされ管理されていない問題もあります。この為、機器としての重要性や使用頻度の多さとは裏腹に、正式な場面では使えないものと位置付けられ、管理対象から外れている事。外部の機関に修理や校正に出すと、機器の導入価格に比べ、割高な費用と長時間を必要とし、かつ次回校正時までの半年から1年間のトレーサビリテイが確保できない問題などがあります。

マイクロピペットにおける上記問題点は、長らく認識されていましたが、解決できない問題として放置されていた経緯がありました。そこでA&Dでは業界に先駆けて、ピペット管理の国際規格:ISO8655に対応した、計量器を利用した重量法による容量管理ツール:PTシリーズを製品化しました。またピペットで一番問題となるピストン部からの空気漏れを瞬時に発見できるリークテスターを販売して、エンドユーザーでのピペット管理を可能とする手法の提案を行いました。

そして今回、ピペット本体の持つ基本的な問題を解決すべく、自ら企画したオリジナルピペットを市場投入することにしました。

A&DのピペットMPAシリーズは、腱鞘炎を防ぐ為、また、各人の操作方法の熟練度による影響を低減すべく、電動式を採用しました。過去に提案された電動ピペットは多数ありますが、市場の評価は良くありませんでした。それはマニュアルタイプに比べ、高価で電池が切れた時には使えない。壊れやすく、かつ修理費用が高く、修理時間もかかる。性能に不安がある。吐出容量が多い機種では、熟練したピペッターの操作するマニュアルタイプよりも作業に時間がかかるなどでした。この為、現在の電動ピペットがピペット販売総数に占める割合は僅かで10%前後となっています。

ピペッティング作業における個人差の減少、それによる作業工程での品質向上や、分注作業の簡素化、労災となる研究者の身体上のトラブルを防ぐなど、電動ピペットは手動に比べ、大きな長所があります。しかし、上記のようなデメリットも多く、電動ピペットは研究者にとって使用したくない機器となっていました。これらの反省から、出荷時の性能を保障する校正結果記録の添付や、落下時に問題となる耐衝撃性の向上、基本性能を改善する新機能の付加を企画しました。また使用開始後の交換電池の供給、機器の保障期間の長期化、修理期間中の代替え品供給など、アフターサービスの向上も目標として掲げ、マニュアルピペット相当の購入しやすい定価設定を行いました。

以上の製品仕様と市場サービス体制の確保、及びピペット管理用機器の導入により、ピペットの使用現場で必要となるSOPを確立し、使用現場におけるGLP/GMP対応を可能としました。研究者自らがピペット管理を行うことで、外部機関への管理委託により発生する、トレーサビリテイの空白を排除し効率良いピペットの使用と管理運用が可能になると考えられます。

グローバリゼーション化の洗礼を受けるこれからの研究現場では、トレーサビリテイの確保や、各種法規格に対応できる機器管理がますます重要となっています。 新しい電動ピペットMPAシリーズが、ピペットの使用現場で起きている問題を低減、解決できる機器として、またピペット管理用機器と一緒に使われることで、研究分野における品質向上に使われるようになることを希望しています。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)