開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第22回
マイクロ天秤/ミクロ天秤の利用技術

シリーズ 『開発者の思い』 第22回
2013年01月18日

マイクロ天秤/ミクロ天秤の利用技術

2年前に販売開始したマイクロ天秤/ミクロ天秤:BM20/22ですが、当初の予想以上の販売実績が積み上がりました。そこで、今回はマイクロ天秤/ミクロ天秤の使用現場で得られた、安定した計量に必要となる情報を簡単にまとめました。

マイクロ天秤
Fig.1 天びん台上に配置した①BM20 ②除振台 ③卓上風防
計量環境ロガー及び④外部コントローラ

マイクロ天秤
Fig.2 温度/湿度/気圧/振動計、OIML分銅及び専用ピンセット

マイクロ天秤
Fig.3 外部コントローラ:天びん本体のキイ操作を減らします

マイクロ天秤
Fig.4 計量環境ロガー:計量時の温度/湿度/気圧/振動を
一元管理し記録します

BMの販売開始前より、既存のマイクロ天秤(天びん)の高価格を市場が受け入れていない事は、明らかでした。それは、展示会でA&Dのブースに来た研究者から、御社でもマイクロ天秤を製品化して、製品価格を下げて欲しいとの要望を、繰返し聞いていたからです。また、製品化に臨みマイクロ天秤の市場調査を進めました。その時、天秤の設置環境により計量値が安定しない問題が毎回起きており、研究者はマイクロ天秤を不信に思い、メーカは取り合わず、販売者は研究者とメーカ間の板挟みとなり、マイクロ天秤は売りたくないとの意見を多数聞いていました。

これらの問題は、①輸入製品となるマイクロ天秤が、1ドル=360円であった時代と変わらぬ価格設定で国内流通していること。②国内のメーカが製品を供給していないので、設置環境で起きているマイクログラム計量の問題点を、個々に明確化し、具体的な対策を取る技術的な市場サポートができていない。の2点が原因と判断されました。

そこで、BM20/22では国産製品として適正な価格設定を行いました。また客先でのマイクロ天秤の設置環境を評価する専用ツール:『AND-MEET』※1を事前に設定して、市場対応しました。この結果、顧客となる研究者も、また販売店も安心してマイクロ天秤を使用し、売ることができるようになりました。また、MEETの実施により、A&Dはマイクロ天秤の設置環境に関するサポート技術を身に付けることができました。現場で得られたこれらの情報を、マイクロ天秤を使用している人や、これから天秤の導入を検討している人への参考として、微量計量に関する技術的な内容としてまとめました。

※1
第28回センシングフォーラム 『分析天秤(天びん)の基本性能に関する考察』

最少表示:d=1μgとなるマイクロ天秤では、繰り返し性が2~4μgとなります。設置環境が整っていると、実力としては2μgを下回ることができます。 このことは、製品全数について24時間の繰返し性を確認してから出荷していますので、実測データから確認されています。しかし、カタログスペックとなる繰り返し性を確保するには、計量環境を整える必要があります。つまり環境の持つ誤差(不確かさ)要因としては、風、温度、湿度、振動、人の動線、建物の作り、建物の立地条件、天候が影響します。人為的な要因としては、天秤と計量サンプルの扱い方、静電気などが計量結果に影響を及ぼします。

以下市場で起きた具体例をあげて順番に説明します。

  • エアコンの風、温度変化による影響※1

    通常マイクロ天秤は、専用の天秤室に設置されます。過去の天秤室は、たたみ3畳程度の密閉された部屋が多く、かつエアコンで空調されています。エアコンの空調は温度が大きく変化する事を防ぎますが、同時に温度を均一化するための風を起こします。また、エアコンは小刻みにON/OFF制御されるため、0.5℃程度の温度変化を絶えず繰り返します。このエアコンからの風と、繰り返し発生する僅かな温度変化が、天秤にとっては致命的になります。

    対策としては、エアコンの風が直接天秤に当たらないようにします。天秤本体に配置された風防だけでは、天秤に直接当たる風を防げないので、卓上風防などを利用し天秤全体を覆います。この効果は大変大きいものがあり、その他の不安定要因が無い場合、繰り返し性を10μgから3μgへ変化させることができます。

    根本的な解決策としては、より広い天秤室として、部屋の熱容量を増やし、同時に入室する人数を制限し、エアコンの風をパーテーションや卓上風防により防ぐことが必要です。これらの対応により積極的な温度調整による弊害を低減して、天秤に合った手法となる、消極的(パッシブ)な温度の安定化を実現することができます。

    天秤の環境作りでは、一番大きなエアコンの影響を、以上の対応により低減することが重要です。

  • 湿度変化の影響※1

    マイクロ(ミクロ)天秤では、最低でも計量作業開始の1日前から通電状態とすることが必要です。それは機器としての天秤の内部温度を均一にする為です。エアコンが常に動いていれば問題はありませんが、計量開始直前にエアコンをONにすると、その時点から湿度変化が始まります。部屋の湿度が低くなると、天秤のセンサ部から水分の放出が始まり、その変化が、ゼロ点の変化として計量値のゆっくりした変化(ドリフト)として表れます。マイクロ天秤は、熱や湿度変化に対して数時間をかけて応答しますが、エアコンを作動させた直後は最も温湿度の変化が大きくなりますので、特に注意が必要です。また、天秤を設置した部屋に加熱炉などがある場合は、炉が動作している間はゆっくり室温が変化し、その間天秤の繰り返し性が悪化します。特に加熱時は温度変化が急で影響が大きいので、加熱炉の稼働時間と計量時間を分けるなどの注意が必要となります。

  • 振動と人の動線について※1

    研究室では、天秤の設置台が作業台を兼ねていることがあります。このような場合、計量時に作業者がいると、作業の振動でマイクロ天秤が不安定になります。作業と同時に計量を行わない事、天秤メーカの推奨する、天秤専用の除振台を利用するなどの対応を行ってください。

    計量作業中に後ろを人が歩くと、空気にも粘性があり、歩くことで空気が移動します。マイクログラムの計量には空気の移動が影響しますので、天秤は人の動線の行き止まりに設置します。同様な理由で、計量時に部屋への人の出入りがあると繰返し性が悪化しますので注意してください。

    以上の他、天秤の設置場所としては直射日光の当たらない、出入り口となるドアから遠く、建物として揺れ難い、壁や柱に近い場所とする必要があります。

  • 建物や立地場所、天候について

    大きな川の河口付近や海沿いの建物、国道の近くや重車両の通行のある場所、近くに高層建築物があり地盤の弱い場所などでは、最少表示:d=0.1mgとなる通常の分析天秤(天びん)も、時として表示が不安定になります。最新の免震構造を採用した建物でも、一度地震があると天秤の表示が安定するのに数日を要する場合があります。また高価なエアサスペンションを採用したアクティブ除振台も、揺れることを前提としていますので天秤を不安定にします。悪天時に計量値が不安定になる原因は、低気圧や台風の接近により、強風や高潮の影響で建物が揺れて発生します。また、これらの数十Hz以下となる低周波の揺れについては、今のところ計量値を安定させる方法は確立していません。天秤に内蔵される分銅で校正を行い、普段より校正に必要となる時間が長い場合、建物が揺れている可能性があります。この方法が、天秤の使用可否を判断する参考になるとの提案がなされています。※2

    ※2
    有機微量分析研究懇談会 主催 第一回『ミクロ電子天秤セミナー』  副題 ~正確な計量を目指して~
  • 天秤と計量サンプルの扱い方、静電気について※3

    天秤による計量作業は、『素早く正確』に行う必要があります。秤量室の空気が入れ代わると対流が起きます。対流は僅かですが温度の変化を伴い、マイクログラムの計量を不安定にします。同様の理由で手を秤量室に入れることは厳禁です。専用の長いピンセットを利用してください。また、秤量室のドアは最低限に開けて、計量サンプルは静かに計量皿に載せます。以上の操作は素早く行う必要があります。

    計量者の体温や呼気は悪影響を与えますので、必要以上に天秤に近付かない事、白衣などで体を覆うことも必要です。

    目に見えない静電気の影響は深刻です。湿度が40%以下になると、人は容易に10KVに帯電します。また、薬包紙やプラスチック製計量皿、バイアル瓶の蓋の開け閉めでも、静電気が発生して1mg以上の計量誤差を発生させます。静電気の影響を低減する為、人の帯電による電気力線が秤量室に入るのを防ぐ必要があります。それには、秤量室を構成するガラスが導電処理され、静電気のシールド性に優れた分析天秤(天びん)を使用します。また、計量容器やサンプルは除電器を利用して、事前に徐電してから計量します。

    ※3
    シリーズ 『開発者の思い』  第18回 『分析天秤(天びん)使用時の注意事項について

以上のように、マイクロ(ミクロ)天秤を安定して使用するのは容易ではありません。 そこで、A&Dでは、マイクロ(ミクロ)天秤を含め、分析天秤の設置環境を使用現場で評価する手法『AND-MEET』を提案&実施しています。

新たな計量器導入に関して不安がある。既に天秤を使用しているが、計量環境を改善し、計量に関わる生産性や品質の向上を行いたい。などの懸念や要求がありましたら、遠慮なく最寄のA&D営業所に相談してください。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)