開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第10回
高精度天びん MCシリーズの開発

シリーズ 『開発者の思い』 第10回
2010年10月04日

高精度天びん MCシリーズの開発

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MCシリーズ新規開発した高分解能電子天びん:MCシリーズについて説明します。電子天びんについて説明する良い機会となりますので、汎用電子天びんの製品化技術に関する背景を含め、その市場についても記述します。

電子天びんと呼ばれる質量計が計量器市場の多数を占めるようになってからかなりの時間を経過しました。電子天びんは、計量値をデジタル表示することができるので、計量作業を行うのにアナログ的な専門知識を必要としません。この為、だれにでも簡単に精度良く色々な物の質量を測定できるようになりました。この事は電子部品や制御回路の低価格化とともに電子天びんが新しい市場を開拓した1つの理由となっています。

このように使いやすさと低価格化により市場規模の拡大を達成した電子天びんですが、その計量原理は電子天びんが世に出てから根本的に変化していません。ここ数十年、新しい計量に関する測定原理は提案されておらず、現在でもフランスにある1kg分銅を原器とした現物で質量のトレーサビリテイは確保されています。また、現在SI基本単位となる長さ、質量、時間、温度、光度、物理量(モル)の7つの中で、唯一質量だけが物での精度確保が必要な単位として残っています。このことから、質量は分銅での精度管理が必要となる特殊な分野であると言われており、このような背景も質量比較器としての高分解能天びんが必要となる一つの理由になっています。

以上のような背景のある電子天びんですが、汎用製品として実用レベルにある測定原理は以下の電磁平衡式、ひずみゲージ式(ロードセル式)、静電容量式、音叉式の4種類となり、以下にそれぞれの技術背景について簡単に説明します。

  1. 電磁平衡式: 支点と梃子を持ち、例えば梃子の左側に未知の質量を載せ支点を介してバランスする力を梃子の反対側となる右側で発生させます。この力を発生するのに電磁力を利用します。ここで言う電磁力とは、高校の物理で習ったフレミングの左手で説明されるローレンツ力を意味しています。つまり磁気回路に流れる磁束と直交する向きに電流を流すと磁束、電流の向きと直角方向に電流値に比例した力を発生するもので、梃子の左側に載った質量(重力)とバランスする電流値から質量を確定します。この方式で得られる天びんとしての分解能は大変高く、汎用天びんでは秤量と感度と呼ばれる最小表示の比が数十万分の1程度となります。この電磁平衡式を採用した質量センサーは主に高分解能の電子天びんに使われており、分析天びんでは分解能が数百万~数億分の1に達する製品もあります。特に研究分野で使われ高感度が必要となる分析天びんでは、ほぼ100%電磁平衡式が採用されている現状があります。
  2. ロードセル式: ひずみゲージと呼ばれる電気抵抗線を組み合わせて、荷重により発生するひずみを電気抵抗値の変化として検出します。ひずみゲージを複数枚利用して、起歪体と呼ばれロバーバル機構として作用する構造体にひずみゲージを接着して使います。弾性変形内で使われる金属のひずみ量は大変小さいので、ホイートストンブリッジ回路と呼ばれる方式により、ひずみゲージで検出される圧縮と伸びによるひずみの両方の差分を検知して出力感度を高めています。この方式で製品化される実用的な分解能は数千~10万分の1程度となります。ひずみゲージを利用した電子天びんは、主に生産現場での部品管理や学生実験などの市場で多数使用されています。
  3. 静電容量式: ロバーバル機構を利用して、荷重により変位する部分(可動部)と変位しない部分(固定部)の2カ所に容量変化を検出する電極を配置します。荷重による変位量で電極間の位置が変化し、これに伴い電極間の静電容量が変化する事を利用して質量を測定します。一般的な分解能は数千分の1以下となり、家庭用の料理ばかりや体重計など、主に低い分解能を持つ機器に利用されています。
  4. 音叉振動式: 音叉の固有振動数が音叉に加わるテンション(荷重)により変化する事を利用した方式となります。例えば、支点を介して左側に質量をまた右側に振動機構を配置し、振動機構部には圧電素子などを利用して加振と振動数を検出する機能を持たせます。質量が変化すると、同じ様に加振しても、その後の自由振動では固有振動数が変化しますので、その振動数の変化から質量を求めます。振動数をカウントして質量を求めますので、上記3方式と異なりアナログ/デジタル変換が不要です。音叉式では電磁平衡式とロードセル式で得られるの性能の中間に位置する数万~数十万分の1の分解能が得られ、汎用天びん用質量計として利用されています。

以上の4方式はそれぞれに長所と短所がありますが、技術的に見た決定的な差は電磁平衡式とその他3方式の原理的な違いです。電磁平衡式では支点を介して梃子の位置が変わらず、力の吊り合いを取り、メカニズムが常に初期の状態に戻るよう制御しています。この方式は紀元前に作られた天びんの原理に沿っており、梃子のバランスした位置が変化しない事から零位法と呼ばれています。その他の3方式は計量機構部に何らかの変位がある事を前提としています。わかり易く言えばバネばかり方式となり、質量(荷重)により構造体が変位する事を測定原理としている為、変位法と呼ばれています。

MCシリーズ天びんでは、その計量方法が零位法か変位法であるかにより、得られる分解能と安定性に大きな差が出ます。その理由ですが、質量センサー部はすべて金属で構成されており、金属材料の持つ弾性限界と機械的特性が天びんに要求される高分解能に対して低い事があります。計算上では、変位量を減らし電気的な感度を向上させれば変位法の限界を超える事も可能です。しかし、現実には検出される変位の減少は、信号レベルの低下を招きノイズの干渉を強めます。この為、振動などの外乱への耐性が低下し、また表示の不安定や応答速度の著しい低下を招きます。この結果、金属材料そのものの特性に因って性能が得られる変位法は分解能に限界があると言えます。例えば軽量で、かつ恒常的に高い弾性を持つ安価な金属材料が開発されなければ、現在の実用上の分解能となる数十万分の1が技術的な限界になります。

一方、電磁平衡式では零位法を採用しているため、原理的に構造材料の特性による影響を受け難い事。また梃子の位置を常時監視する制御方式を採用している事。磁気回路部で発生する電磁誘導による磁気ダンパー効果がある事などにより、制御時に高いゲインでの帰還をかける事が可能となっています。これらの理由により、電磁平衡式は高分解能化を可能とする耐震性と高速応答性に優れた方式になっているといえます。また、耐振動特性と高速応答性能の要求される生産ラインで使用される高性能電子天びんについては、上記背景からすべて電磁平衡式が採用されている事実があります。

A&Dでは、電磁平衡式とロードセル式を中心として電子天びんの商品群を構成し販売しています。最近ではより高い分解能の天びんを作って欲しいとの市場要求が増えて来ました。その理由の1つは、分銅、はかりの国家保証となるJCSS(Japan Calibration Service System) 規格が制定され、その運用が始まり分銅を校正できる天びん:質量比較器(マスコンパレータ)の必要性が高まったこと。また、生産ライン用計量器としての高精度な計量管理要求が増えて来た事があります。これらの新規市場からの要求は、現状の汎用天びんに対して、もう一桁小さい目量表示のできる天びんが必要である事に集約されます。

そこで、電磁平衡式を採用している汎用天びん:GX/GX-Kシリーズを利用してマスコンパレータの商品化に着手しました。実はこれらの商品を開発した約10年前の時点で、もう一桁下の表示が安定して得られる基本性能のある事は確認されていました。しかし、汎用天びんに必要となる四隅誤差への対応が困難であった事と秤量の全領域での性能出しが困難であった為、汎用品としての製品化を見送っていました。今回、重心調整皿などのオプション設定を充実する事で、上記市場への対応を可能としたMCシリーズとして商品化しました。販売を開始した4機種の仕様は以下となり、最高分解能は1000万分の1となります。

機種名 秤量 最小表示 分解能
MC1000 1kg 0.1mg 1000万分の1
MC6100 6kg 1mg 600万分の1
MC10K 10kg 1mg 1000万分の1
MC30K 30kg 10mg 300万分の1

上記4機種を利用する事で、OIML規格のF1級以下(F2、M1、M2/計量法:特級~3級)となる500gから20kgまでの基準分銅の校正が可能となります。今後は市場要求に沿い、高分解能天びんとしての機種を拡大する予定です。また、これらの新商品が分銅の質量比較用天びんとしてだけでなく、日本の得意とする新分野での実験・研究設備として、また品質管理分野や生産ラインなどの製造現場で利用される事で、新しい計量器市場を開拓し、品質と生産性向上に貢献できる製品となる事を望んでいます。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)