開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第36回
『新しい汎用天びんGX/GF-Aの開発』

シリーズ 『開発者の思い』 第36回
2015年09月24日

『新しい汎用天びんGX/GF-Aの開発』

今回は、15年前に販売を開始したA&Dの主力汎用天びん:GX/GFシリーズの後継機種の開発についてまとめました。

業界用語となる汎用天びんの定義は、質量センサ部の構成要素(メカニズム/電気ボード類)すべてが一体となるケース内に収まり、ケースの上面に計量皿が配置された、通称“トップローダ”と呼ばれる天びんになります。最小表示は1mg、10mg、0.1gとなり秤量は200g~数kgの範囲となります。汎用天びんの最小表示÷秤量は、約10万~100万分の1に達します。手軽に高分解能と高感度が得られますので、工業製品の部品管理用として、生産ラインでの部品の全数検査や品質管理、また大学での学生実験から研究室まで、使用範囲が広く、計量器の激戦区となる商品エリアを構成しています。また汎用天びんは使い勝手が良く、コストパーフォーマンスの高い事から、バイオや製薬、食品や素材開発の研究室には必ず1台はある製品になっています。

以前にも書きましたが、GX/GFシリーズを開発しなければならなかった2000年当時、国内外の競合3、4社すべてが、新しい“モノ構造”の質量センサを既に提案していました。しかし、同じ路線をたどれば、後追いになるだけです。また、あまりに特化した“モノ構造”を採用することは、加工方法が限定される為、自らが新たな資本を投下して、生産設備を導入しなければなりません。その結果、初期投資が莫大になることが懸念されました。そこで、完全なモノ構造では無く、適度にユニット化した高精度部品を組み合わせる方式として、ハイブリッド構造(SHS)を考えつきました。独自構造となるハイブリッド化に至るまでの検討や、その実現については以前にも書いています。

このSHS開発時には、日本固有の高い技術力を持ち、高品質な部品生産ができる製造メーカと長年良い協力関係を維持していた事が幸いしました。企画したSHSの基幹部品となる、ロバーバル機構の切削加工に果敢に挑戦していただきました。この結果、特殊な専用部品の生産が汎用加工機械により製作可能となり“ハイブリッド構造”の製品化を実現することができました。最初のSHS開発からは既に長時間を経ましたが、現在でも、最初のSHSを搭載したGX/GFシリーズは、日本の汎用天びんをリードする商品として、その地位を守っています。また一方でSHSは進化し、現在ではマイクロ天びんから重量級天びんや水分計用センサとしても、展開を広げています。

SHS開発時には、競合すべてが“モノ構造化”の中で、“ハイブリッド構造”を提案したのでは、戦う前から負けるのは明らかであるとの強い非難が、社内からありました。しかし、例えば車の性能について考えると、多くのドライバーは、エンジン駆動用のカムシャフトがSOHCであるのかDOHCなのか、またターボチャージャで過給しているのか、スーパーチャージャであるのか、ハイブリッドなのかディーゼルなのかについて興味を持っていません。

使用者が興味を持つのは、乗った時の快適性(加速、走行安定性&衝突安全性、広さや収納、便利さ)と燃費、及びそれを入手するのに必要となる初期投資や維持費が見合っているかです。つまり、色々と車関係で宣伝されているのも手段であり、目的とは異なるのです。

天びんについても、計量器の性能(計量安定性、応答速度、使い易さなど)が良ければ、それを実現する手段について議論するのは無意味だと割り切りました。その結果、世界最速の応答性能を持ち、メンテナンスも安価&容易で、かつ部品調達コストも抑えられた質量センサとしてSHSを開発しました。

約15年間業界をリードしてきたGX/GFですが、特に電子部品の進歩は加速しており、新たな質量センサの開発を始めとして、より使い易い商品とすべく、3年前にフルモデルチェンジを計画しました。入社後の27年間で最初のHXから数えて6機種の質量センサを開発した私自身、これが最後の質量センサ開発になると判断されました。そこで、今後10年を経てもトップを走り続けられる商品として製品を企画し、また開発途中で何度も行詰まった質量センサの性能不良の問題を解決すべく、問題発見と解決提案を行いました。製品開発に行詰まった時に、技術者は、その真価が問われます。この時、出来ない理由を羅列し始めた担当者の説得は不可能なので、人の入れ替えにより、開発を継続するのが常套手段となっていました。

今回は性能出しに2年以上を要し、その間、意見の食い違いから退職者が出てしまう展開となってしまいました。

今回の開発では、ハイブリッド構造を提案した“SHS”を踏襲しつつ四隅調整の削り加工を廃止し、ねじを回すことによる四隅誤差調整構造を採用しました。また、手で秤量を乗せる時の約3倍の負荷となる、生産自動機を利用した計量時にも、過荷重に対してアナウンスのできる機能を搭載し、質量センサの破壊を予防する機能を付加しました。その他、新しい水平調整機構や液体を流量で計量する機能を採用しました。これらの機能は、今までの天びんには無かった、使用現場を重視した新しい提案となっています。

個々の提案は、それぞれに技術的な内容があるので、これから何回かに分けて各機能を紹介したいと考えています。今回は全体の構成と、過荷重に対して警報を発する機能について説明します。

新しいGX/GFでは、計量値の表示部を大きくして、表示方式を蛍光表示管から反転バックライト方式となるLCDに変更しました。白く大きな文字とすることで計量値は読み取り易くなりました。また、水平玉をライトアップすることで暗い場所での水平調整を容易にしました。

GX-Aシリーズ

過荷重に対する警報機能について説明します。

天びんは設置・使用する場所で、質量既知の分銅を利用し校正します。この校正の意味は、天びんの設置場所毎に異なる、その場所の重力加速度を補正する事にあります。質量既知の分銅の質量:M0とその場所の重力加速度:G0の積となる荷重:F=M0×G0を支点を介して電磁力でバランスさせます。この時、荷重が加わる事による竿の変位を赤外線センサを利用した位置検出部で確認し、竿の位置が同じ場所に来るよう、電磁部の電流値を制御します。電流を制御することで、皿上の荷重と電磁部に発生するローレンツ力をバランスさせ、加わった荷重に比例した電磁力を発生させます。

この電磁力を皿上の荷重(質量)と吊り合わせる方式を電磁平衡式と呼びます。現在の汎用天びんと分析天びんは、ほとんどがこの方式を採用しており、電磁平衡式では、最終的に未知の質量が電磁部で発生する力(∝電流)とバランスする事から、質量が判断できるようになります。

この電磁平衡式では、位置センサの出力が荷重に比例して変化し、その後、クローズ制御された竿が電磁力により元の位置に戻ります。この時、位置センサの出力となる変位が荷重により変化します。そこで位置センサの出力となる変位を時間で微分すると、竿の変化する速度が得られ、速度を微分すると加速度が求まります。これらの検討から、衝撃荷重が加わった時の位置センサ出力の変化は、衝撃荷重が伝わった時の竿の変位を表し、変位を2回微分する事で加速度が求まれば、衝撃荷重により質量センサに加わる靜荷重相当の評価が可能になる事を思いつきました。

この仮定を証明する実験を行った結果、人の手で天びんの皿上に物を置いた場合と、同じ質量の物をエアーシリンダーなどのアクチュエータを利用して皿上に置いた場合では、質量センサの受ける衝撃値に、約3倍の差が発生している事が明らかとなりました。つまり、手で1kgを載せた時に1Gが加わり、エアーシリンダーなどでは、動きを調整しても3kg相当(3G)の荷重となる事が判明しました。これらのデータ処理機能を天びん自身に持たせ、同時にその評価結果を表示部に示すことで、天びんの使用者へ、現在の荷重が過荷重状態である事を示せるようになりました。

過去、大手自動車メーカの生産ラインにおいて、組み込まれた天びんが、ある時間を経て破損する事を何度か経験していました。その現場で、エンドユーザ、自動機製作メーカとA&Dの3社が原因究明を行いました。この時、各社の天びんの破損について調査した結果、いずれのメーカの汎用天びんも、短時間で質量センサ部の破損する事が確認されていました。この時、天びん自身が自発的に状況を把握&発信できれば、設計者は、天びん破損以前に対策が打てる事が推測されました。質量センサの受ける相当荷重を天びん使用者に公開することで、天びんの使い方について警告を発し、最終的には天びんの破損を防ぐ予防対策が打てると判断しました。

計量器業界初となる衝撃荷重の評価ができる機能を持ったGX/GF-Aが、生産ライン用天びんとして、また、その高速応答と表示の安定性から、より便利な汎用性ある計量器として、多用される事になると推測しています。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)