開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第29回
マイクロピペットの管理手法に関する考察と提案

シリーズ 『開発者の思い』 第29回
2014年07月28日

マイクロピペットの管理手法に関する考察と提案

電動マイクロピペット MPAシリーズ 製品ページへ
ピペット管理ツール AD-1695 製品ページへ

パスツールが100年以上前に病原菌を発見して以来、西洋医学は大変な発展を遂げて、現在に至っています。この発展を支え、現在のバイオ技術に必要不可欠となった機器の一つに、ガラスピペットを起点とし、より微小容量の液体を正確に計量できるマイクロピペットがあります。

現在、マイクロピペットの市場規模は国内で年間10万台以上、ワールドワイドでは100万台以上と言われており、大手の製薬会社では1拠点で数千台のマイクロピペットが使用されている現状があります。 マイクロピペットには、①微小容量を正確に分注できる。液体保持部となる使い捨て可能なピペットチップを利用することで、空気を介してサンプル溶液をハンドリングできるので、②機器の汚染によるトラブル発生を減らし、かつ手間のかかる洗浄工程を減らせる特徴があります。この結果、マイクロピペットは実験や検査工程において、品質向上や生産性改善に多大な貢献をしていると言え、バイオ、製薬&食品、臨床検査や分析の分野で、研究から検査の各工程において、なくてはならない機器となっています。

その便利さから使用される現場の多様化が進むマイクロピペットですが、機器の管理手法については、現在でも確立したとは言い難い状況があります。その一つに計量器としての容量を管理する手法が確立されていない問題があります。例えば、ピペットは容量を確定する機器となっていますが、天びんなどの計量器と違い、容量には管理の基準となる分銅相当の物がありません。この問題は大変深刻と言えます。つまり、現在ピペットメーカーの提示する成績書では、密度の確定している純水を利用し、天びんの皿上にピペットで純水を分注し、天びんの表示した質量:mを求め、既知の量となる水の密度:ρを係数として、容積:V=m÷ρ の計算から容量を確定しています。 この時、水の密度が水温によって異なるので、水温毎の密度補正が必要となります。また、現実の問題としてピペット使用者は水以外の液体を分注しており、水とは密度が異なる事、また、水の20℃での粘度1.002mPa・sは液体の粘度としては大変小さく、グリセロール50%の水溶液でも粘度が純水の数倍となる問題もあります。つまり、ピペットを水で校正しても、実際に使用する液体の密度と粘度が校正された水とは異なり、粘性抵抗が違うので、容量の互換性は確保されないことになります。

また、マイクロピペットでは、内蔵されるピストンの移動により、発生する空気の圧力変動を利用して液体を吸引&排出しています。ですから、既に明らかになっているように、液体の粘度、密度だけでなく、使用するチップの形状や材質により、同じ容量設定をしても容量変化が発生します。これらの背景から、多くの場合ピペットに付属された成績書とは異なる分注量になってしまうことが大きな問題となっています。

技術的な問題以外にも、操作者の使用上の問題もあります。それは、ピペットは手に持って一日中使用され、また、小型の器具となるため、操作の個人差が出やすい。また、手や机上から床への落下事故の起きやすい機器であり、これらの衝撃荷重は操作軸の歪みや、機構部の損傷を招きやすく、排出容量の精度を落とす結果につながります。

以上のような考察から、私は現状のピペット管理に疑問を感じていました。そこで、本来はどのような手法を用いてピペットを管理すべきかと、考えるようになりました。 例えば、1年に1,2回ピペットメーカーに成績書を出してもらう事も重要な 管理方法と言えますが、半年または1年間に1回の定期検査によって、その間のトレーサビリテイやバリデーションの確保が可能と言い切るには無理があります。また、実際に使用する液体やチップとは異なる純水で、かつメーカーのチップで校正しても、実際のピペット使用現場では測定される液体やチップの違い以外にも、測定環境や測定者の操作技術の熟練度が異なり、ピペットメーカーの成績書だけで、使用現場でのトレーサビリテイを確保することは困難である、との結論に達しました。 次に、この問題への対策を考えた時、今まで天びんをはじめとする計量器の開発を手掛けていたことが有利に働き、対策案は、最終的には以下の2点に集約されるとの結論に至りました。

  1. 計量器メーカとして、ピペットの使用現場での日常点検や定期検査の実施を可能とする管理ツールを製作し、市場に供給すべきである。
  2. ピペットユーザーにおいては、実使用状態に沿ったピペットの校正管理を可能とする新しいピペットが必要である。

上記2項目は、例えばピペットに落下や吸い込み過ぎなどの何らかのトラブルがあれば、その場での点検を可能とする機器をそろえる。また、使用する液体やチップを利用した校正機能をピペットに持たせ、使用現場での実態に合わせた校正が容易にできるようにする。ピペットのメンテナンスを使用者自身が簡単&容易に行える。などの対応により実現できると判断されました。

以上の検討結果から、A&Dは、約4ヶ月前となる今年2014年4月に、国内メーカ唯一となる汎用の電動ピペット販売を開始し、これに先駆け約5年前からユーザーレベルで使用可能なピペット用リークテスターや容量テスターを商品化しました。これらの管理ツールを利用することで、ピペット管理のSOP(標準作業手順書)を作り、自己管理が確立できるようにしました。 また、最近では、パソコン不要となるピペット管理専用ツール:AD1695を開発&製作しました。AD1695では対話形操作を採用し、ユーザーレベルで、より容易にピペットの日常点検や定期点検が行えるようにしました。

開発したオリジナル電動ピペットには、『μl』での校正機能が搭載され、ピペットユーザーでの容量校正を可能としています。また、水以外の液体における『μl』での校正には、面倒な液体の密度測定が不可欠となります。そこで、ピペットに『mg』表記機能と『mg』でのユーザー校正機能を新たに追加しました。容量を『mg』で測定&校正することで、密度の測定や補正を不要とし、天びんの表示値を利用した『mg』でのピペット校正を実現しました。単位系を『mg』に統一した測定や校正は、使用する液体、使用するチップでの校正を行うことをより簡便にし、量り取った紛体と液体の混合を重量比で簡単、かつ正確に計算できることを意味しています。

電動ピペットMPAシリーズでは、汚染の考えられるピストン部以下のローアパーツユニットとピペット本体部(制御部&駆動部)が別ユニットとして設計され、容易に分離できます。ですから、ローアパーツユニット単体でのオートクレーブが可能で、かつ消耗しやすく汚染の起きやすいローアパーツユニットの交換が、だれにでもできる構造を採用しています。

ピペットにおける容量計測実務や管理手法について、約5年前から、色々と検討して製品化を進めた結果、理想に近いマイクロピペットと管理ツールを揃える事ができたと考えています。これらの機器が、ピペットの使用者の安心や安全を確保し、かつ目的達成の為の有効なツールとして、またピペット管理者にとってSOP作成の手助けができる手段として、利用されることを望んでいます。これらの業務について、A&Dではピペット管理の為のSOP作成が簡単にできる、独自の資料を既に完成させています。ピペット本体や管理ツールに関する技術的な相談を含め、確認したい事項がありましたら、遠慮なく連絡願います。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)